「首楞厳経(しゅりょうごんぎょう)によりて大勢至菩薩(だいせいしぼさつ)和讃したてまつる」(親鸞『三帖和讃』中「浄土和讃」の一部、13世紀)には、次のような一節がある。
染香人(ぜんこうにん)のその身には
香気(こうけ)あるがごとくなり
これをすなわちなづけてぞ
香光荘厳(こうこうしょうごん)ともうすなる
(出典:『真宗聖典』1978年、489ページ)
「香気あるがごとくなり」からわかるとおり、この一節に出てくる「香」は実存としての香りではなく、明らかに比喩としてのそれである。
「染香人」とは、たとえば日々かぐわしい香りに触れていた衣が、いつしかその香りに染められ、やがて自らがその香りをはなつようになるがごとく、「大切な教えに日常的に触れることによってその教えを体得し、他者にそれを伝えうる状態にまで達した存在」のことを指し示すものと見ることができる。
[gandha]