願我身浄如香爐(がんがしんじょうにょこうろ)

京町屋の坪庭に、梅雨入りを知らせる雨が降る。夕闇の中で刻々と濃さを増す雨気(あまけ)の中、わたしは浄土宗の勧行(ごんぎょう)に列席していた。堀川の薫玉堂(くんぎょくどう)さんで分けていただいたタニ沈香の甘鹹い香りが、香炉から音もなくあふれ広がり、やがて湿った畳のおもてを低く透明な、しかし紛れもない存在の厚みを感じさせる香りの層となって、雲海のように満たしていく。

折しもその時、勧行集の冒頭に記された香偈(こうげ)が称えられ始めた。耳だけで聞けば平板な無拍子だけれども、文字をたどれば4+3に3+4の交じる変則七拍子であることが分かる。洋楽で演奏すれば足と頭のもつれそうな変拍子なのに、低く淡々と朗じられるご住職の声で聞くと不思議なほど落ち着いて聞こえる。

 ガーンガーァシーンジョーォニョーォコーォローォ 願我身浄如香炉
 ガーンガーァシーンニョーォチーィエーェカーァ 願我心如智慧火
 ネーンネーンボーンジョーォカーィジョーォコーォ 念念焚焼戒定香
 クーゥヨーォジーッポーォサーンゼーェブーゥ 供養十方三世仏

...なんと鮮烈で劇的な一節だろう。第1~2行のメタファーとしての「香炉」「智慧火」が、第3行にさしかかったとたん、今まさに香炉の炭で温められ自分の膝もとを包み込もうとしている<今・ここ>の香りと炭の火につながる。そして、はっとしたところで私のような凡夫さえもが「十方三世の仏への供養」の場に招かれ参列しているのだということへの有り難さと緊張感と、そうなればこそせめて今だけでも精一杯敬虔な心であろうと願いたくなる気持が、我知らずじわっと湧いてくる。

しかしこの高邁さと巧妙さを兼ね備えたこの4行に触れるたび、感嘆のあまりうろたえてしまう私は、香偈の次に称えられる三宝礼(さんぽうらい)の冒頭でいつも出遅れることになる。よりによって「一心敬礼(いっしんきょうらい)...」で始まる三方礼に、まるで私の凡夫っぷりを見透かされているようで、心の中で短く苦笑いをしたあと、私は何食わぬ顔で途中から「...ィンキョーウラーイ」とフェードインして合流するのだった。

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