巻頭言
千年を遥かに凌ぐ伝統を持つ、東アジア地域の香(こう)文化。その中に息づいてきた日本の香り文化のうち、仏教文化との関わりについては別ブログ「गंध [GANDHA] - 日本における仏教的伝統:その香りと芸術」で論じることとして、このブログでは主に
- 日本を含む東アジアのどの地域・どの時代に、どのような素材が香(こう)として、あるいはその原料として用いられてきたか
という点に焦点を絞り、東アジア各地の古籍やその写本中の記載内容と、現在日本で入手可能な香原料に関する情報を綜合しつつ検討してみようと考えています。可能であればその過程ないし延長線上に、
- 同じ名称で呼ばれる香原料でありながら、時代の変遷につれてその原材料となる樹脂等が別種の植物から採取されるようになった(平たく言えば、中身が「すり替わった」)可能性があるとされるいくつかの素材に関するケーススタディ
例えば:雅楽の世界でも有名な「蘇合香」について。あの踊り手が被る「蘇合香」の原料植物を模したとされる冠は、少なくとも今日「蘇合香」の名で香原料として用いられる植物とはおよそ似ても似つかぬ姿をしている。とすれば、この「原材料のすり替わり現象」はいったいいつ頃から起こったのか?またその原料植物の変更は、資源の枯渇や交易ルートのやむを得ぬ変更などに伴う「消極的変更」だったのか、あるいは交易圏の拡大によって選択肢が増え、「似て非なる、より香り高い素材」への「積極的変更」だったのか?
- 東アジアの文化圏で香原料として長く愛され、我々が「極めて東アジア的(ないし日本的)なる香り」として認識されることが多い一方で、実は西アジアから中東にかけてのアラブ世界や、その向こう側のヨーロッパ世界においても重要な役割を担い珍重されてきた(換言するなら「世界が知らず知らずのうちに同じ匂いを共有してきた」)いくつかの素材に関するケーススタディ
などなどを、自由に・ゆっくりと論じていければいいなあと思っております。しばらくの間は予備的調査と試行錯誤のため、更新はおそらく亀の歩みの如くとなる見込みですので、どうかのんびりご笑覧いただければ幸甚です。例えば:平安朝時代に成立した薫物(たきもの、練り香)の「ブレンドレシピ集」である『薫集類抄』に頻出し、今日でも「匂い袋」や和服用の防虫香といった各種香原料として欠かせない「とある材料」が、キリスト教世界では別の名前で「もっとも高貴な香油のひとつ」の原材料として『新約聖書』に書かれ、加えて現代のアロマテラピーの世界でも「鎮静効果が高い」として重用される精油のひとつの原材料として、上記2つとはまた異なる名前で呼ばれていること
林夏生 - THE TRIBE OF OLFACTION, 2009

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