Description in Pre-Modern Asia - 東アジアの古籍にみる記述
- 「安息香樹は波斯(ペルシヤ)国に出づ。波斯には呼びて辟邪樹と為す、長三丈なり云云。皮の色は黄黒、葉は四角に有り、冬を経るも凋(しお)れず。二月に開花し、黄色黄心にして微碧あり。実を結ばず。其の樹皮を刻み、其の膠は飴の如し、安息香と名く。六七月に堅く凝れり。乃ち之を取りて之を焼かば、神明に通じ衆悪を辟く」-『酉陽雑俎』広動物・木篇[有賀1990:75]
Description in Modern Japan - 近現代日本の文献にみる記述
- 「梵に掘具羅、窶具羅、求求羅、求羅という。」「安息香樹は熱帯性の落葉の亜喬木で、高さは六乃至九メートルほどになる。樹皮から飴状の液が流れ出、夏季になるとそれが堅く凝って赭色となる。これが安息香である。」[有賀1990:75]
- 「タイやインドネシアに産するエゴノキ科の安息香樹の樹脂。香料としての他、呼吸器系に薬効がある。」[大倉1993:86]
- 「スマトラやボルネオなど東南アジアを中心に分布するエゴノキ科の常緑高木から採取した樹液を乾燥させた樹脂のこと。生産地からシャム(タイ)安息香とスマトラ安息香に大別され、シャム安息香の方が優品とされる。安息香は加熱することによって濃厚な甘い香りを放ち、防腐剤や去痰剤として用いられた。薫物の重要な材料であり、六種の薫物のうち「荷葉」の材料としても使用される。→金顔香(きんがんこう)」[神保2003:286]
- 「この香料はもともとスチラックス属の樹木の幹に傷をつけて、にじみ出た樹脂を採取したものである。」「分泌液は乳白色をしており、空気中に放置しておくと、しだいに赤褐色の塊状になる。塊を砕くと、白色不透明またはうすい赤褐色の内面があらわれる。透明度が高いものほど上質とされる。」「産出地はタイ、ベトナム、マレー半島、スマトラ、ジャワなどの熱帯地方で、ベトナム産とスマトラ産が最良品である。ベトナム産は安息香酸とエステルが主成分、スマトラ産は安息香酸と肉桂酸からなる。スマトラ産に比べてベトナム産は甘美な香りが強いという具合に、産地により主成分や性質が異なっている。」[松榮堂2005:46]
Biological Identification - 生物学的同定
安息香の基原植物については、安息香酸 Benzoic acid の抽出に用いられた樹脂がエゴノキ科 Styracaeae エゴノキ属 Styrax の Styrax benzoin であったことから、現時点では「安息香といえば即ちベンゾイン Benzoin、ベンゾインといえば即ち Styrax benzoin の樹脂」と単純に理解される傾向にある。実際に、現在のアロマテラピーで用いられているテキスト類では、ベンゾイン精油(アブソリュート)はすべからく「Styrax benzoin の樹脂から溶剤抽出したもの」と記されていることからも、こうした傾向が広く認められることは明らかである。
しかし、最新の「日本薬局方第十五改正追補版」(JP15)に収録されている生薬「アンソッコウ」(英名 Benzonium)の項目をみれば、その基原として「Styrax benzoin 又はその他同属植物の樹脂」と記されているのみであり、必ずしも Styrax benzoin に特定されていないことがわかる。ここでいう「他同属植物」の候補として挙がるのは、まずは Styrax tonkinensis であろう。松榮堂(2005)にいう「ベトナム産」の安息香、また神保(2003)にいう「シャム安息香」とは、多分にこの Styrax tonkinensis を指すものであると考えられる。なぜなら、Styrax benzoin の主要な分布域がインドネシアのスマトラ島周辺であるのに対して、Styrax tonkinensis の主要分布域はタイ・ラオス・カンボジア・ベトナムといったインドシナ半島の国々とされているからである。
ただし、9世紀(唐代)に成立したとされる『酉陽雑俎』(ゆうようざっそ)ではその産地として西アジア地域の「波斯(ペルシヤ)国」をあげており、当時の安息香が今でいう Styrax benzoin または Styrax tonkinensis と完全に同定されるものか否かに関しては、若干の疑義が残るところである。
なお、安息香の樹脂は、日本の薫物以外にも、ロシアを中心とする正教会における薫香の主要成分として重要な役割を果たしていることが知られている。たしかにロシア正教をはじめとする正教会 Orthodox Church では、現在のカトリック Catholic やプロテスタント Protestant に比べると、香炉や薫香がさまざまな儀式で用いられる傾向にあるという印象が私にもあるので、これについては項目を改めて別途調査検討してみたい。

[gandha]